化学反応をとらえる新しい「目」
30 October 2009
超高速レーザーを利用して、化学反応を引き起こす電子運動を画像化できるようになった
電子は、しばしば1兆分の1秒という極短時間に、猛烈な速さで化学反応を進行させるため、反応中の電子運動を解明した例はほとんどない。しかしこのほど、理研の研究チームが、これまでにない時間分解能をもつレーザー分光法を開発し、光化学反応の電子的な経路を追跡することに成功した。この成果は、『Journal of the American Chemical Society』に発表された1。
論文の主著者である理研基幹研究所(埼玉県和光市)の鈴木俊法主任研究員は、今回開発した新しい手法によって、これまでとは比較にならないほど明瞭に、様々な化学反応や分子の機能性が観測できるようになるだろうと指摘する。
「結局のところ、化学反応とは、電子に押された原子核の運動に過ぎないのです。ですから、電子がなぜ、どのようにして原子核を押すのかを知ることが化学反応を理解する鍵なのです」と、鈴木主任研究員はいう。
スピードが必要

図1: ポテンシャルエネルギー面の円錐交差を経た内部転換の概略図。高い電子状態からのイオン化によって、レーザー偏光に対して垂直に光電子が放出される。一方、低い電子状態からは平行に放出される。
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最新の研究で、研究チームは、「分子に光を照射した後、電子は分子中をどのように動くのか?」という問題に取り組んだ。これは化学の根幹をなす問題であり、その答えは、紫外光にさらされたDNAの安定性など、さまざまな化学反応に関する知見をもたらす。
DNAが紫外線を吸収した場合、DNAは内部転換」という電子が高いエネルギー状態から低いエネルギー状態へと飛び移る過程を利用して、速やかに過剰なエネルギーを逃がす必要がある。さもないと、フリーラジカルが生成して、DNAはずたずたに切断されてしまうからである。
内部転換の後に、DNA中の電子は原子核を揺さぶって動かし、過剰なエネルギーを熱として逃がす。その結果、DNAはフリーラジカルを形成することなく、速やかに元の状態に戻ることができるのである。この過程は、円錐交差(図1)として知られる量子力学的な漏斗を経由して起こる。
過去十年間、鈴木主任研究員は、円錐交差を経た内部転換の研究に取り組みたいと考えていたものの、そこには技術的な障害があった。「円錐交差を経た内部転換は、最速の電子エネルギー緩和過程の1つなのです。それをリアルタイムに観測するためには、レーザーのパルス時間幅を極限まで短くする必要がありました」と、同主任研究員は説明する。
画期的な技術
鈴木主任研究員らは、電子の動きを視覚化するために、2006年、世界に先駆けて時間分解光電子イメージング法を開発した2。この技術は、原子の運動時間よりも短いフェムト秒(1000兆分の1秒)の時間幅で光を放出する2つのレーザーを用いて、光反応中の分子内の電子分布を追跡するものである。
この手法では、第1の光パルス(ポンプ)によって、分子内の電子が低いエネルギー状態から高いエネルギー状態へと励起され、分子内の内部転換が始まる。次に、第2のレーザーパルス(プローブ)で、分子から励起電子が自由電子として真空中に放出されて、「光電子」として検出される。
光電子の信号は、ポンプパルスの直後に最強となる。このとき、分子内では高速に電子が動いている。この短寿命の信号をとらえるには、プローブパルスからポンプパルスまでの時間遅延を20フェムト秒程度まで短くしなければならいない。
光電子は、そのポンプ-プローブ時間遅延に依存して、異なる分子軌道(別個のエネルギーと対称性をもつ有限の空間領域)から発生しうる。鈴木主任研究員は、光電子が分子軌道から放出される際の角度の分布(光電子放出角度分布:PAD)と運動エネルギーの分布を同時に記録して、別々の軌道経路から発生した電子信号を分離する二次元検出器を開発した。
「PADは、分子中の三次元電子分布に関する情報をもっています。それを利用すれば、電子の運動について直接知ることができるのです」と鈴木主任研究員はいう。
新しい光でピラジンを見る
研究チームは、これらの高速ツールを使って、ピラジンという分子の電子が紫外光で励起されたときに、円錐交差を経てどのように動くかをマッピングした。ピラジンは、4個の炭素原子と2個の窒素原子を含む六員環構造をもつ分子である。
鈴木主任研究員によると、光化学反応に関わるピラジンの分子軌道には2種類がある。1つはパイ軌道とよばれる軌道であり、ピラジン環全体に非局在化している。もう1つは非結合性軌道とよばれる軌道であり、窒素原子上に局在化している。
研究チームは、ポンプレーザーを利用して、パイ軌道電子の1つを高エネルギー状態に励起した。これによりパイ軌道に空孔が生じるが、この空孔は24フェムト秒以内に窒素上の非結合性軌道からの電子で埋められた。
非結合性電子はパイ電子よりもエネルギー的に高いため、空孔を埋める際に過剰なエネルギーをもっている。この過剰なエネルギーは、円錐交差を経た分子振動によって消散される。
みごとに検出

図2: さまざまな遅延時間(フェムト秒、fs)と光電子運動エネルギー(PKE)に対する光電子非対称性の二次元マップ。この実験では3種類の電子遷移(S1、S2、S3)が観測された。赤色は、レーザープローブに対して垂直方向に放出された光電子を示し、青色は平行方向に放出された光電子を示す。
enlarge imageReproduced, with permission, from Ref. 1 © (2009) American Chemical Society
「実験の結果、光電子の運動エネルギー分布は内部転換の際に大きく変化しなかったのですが、PADだけは内部転換に特有のシグナルを示し、関与する電子状態を明らかにすることに成功したのです」と鈴木主任研究員はいう。
研究グループは、ポンプ-プローブ時間遅延と運動エネルギーという二つの変数に対して、光電子非対称性パラメーター(2つの放出角度の信号強度の比)がどのように変化するかを二次元マップとしてプロットした(図2)。
ピラジンの非結合軌道からパイ軌道に対して起こる電子の高速移動の結果、マップ上では、プローブレーザーの偏光に対して平行に放出されるPAD (青色)が確認された。これは、高いエネルギー状態から低いエネルギー状態への内部転換が生じた結果を示している。
一方、内部転換が起こる前の、励起電子が未だ高いエネルギー状態にある場合には、プローブレーザーの偏光に対して垂直方向に放出される電子がマップ上に赤い色になって現れた。このようにPADの偏りを2次元マップとして図示することによって、電子分布の変化が明快に観測された。
成功を見つめる
化学者らが高速電子運動を観察する新しい「目」を得た今、鈴木主任研究員は、複雑な化学反応をもっと詳しく観測できるようになることを期待している。「1回の化学反応中に電子状態が数回変化することは珍しくありません。しかし、我々の方法を利用すれば、そのような変化をこれまで以上にはっきりと観測できるようになります」と鈴木主任研究員はいう。「私たちの実験の魅力は、このような重要な概念が、汗と涙の結晶としてのみならず、美しい画像として我々の目の前に現れることです」。
- Horio, T., Fuji, T., Suzuki, Y.-I. & Suzuki, T. Probing ultrafast internal conversion through conical intersection via time-energy map of photoelectron angular anisotropy. Journal of the American Chemical Society 131, 10392–10393 (2009). article
- Suzuki, T. Femtosecond time-resolved photoelectron imaging. Annual Review of Physical Chemistry 57, 555–592 (2006).