人工光合成システムの理論モデル
13 November 2009
人工光合成システムの反応過程を量子物理理論によって正確に記述
地球上のほとんどの生命体は、その機能の維持に必要なエネルギーを太陽から得ている。植物が太陽エネルギーを化学エネルギーに変換する光合成システムは10億年以上前から存在し、既に完成の域に達している。太陽エネルギーは、我々が利用できる再生可能エネルギー源の中で、ずば抜けた豊富さで他を圧倒しており、光合成プロセスを人工的に再現して増え続けるエネルギー需要に応えられれば非常に有用である。このため多くの研究者が、自然界のものと同じような原理に基づく人工光合成システムを構築しようと取り組んでいる。
このほど、こうした人工光合成システムの機能を正確に記述する量子物理モデルの開発に、理研基幹研究所(埼玉県和光市)と米国ミシガン大学の研究チームが成功した。このモデルは、人工光合成システムの反応速度論的性質についてより理解を深め、変換効率の大幅な改善につながると考えられる1。
自然を模倣する

Figure 1: 天然の光合成反応を模倣する。光合成は、葉の中にあるクロロフィルという緑色の色素の中で起こる。人工光合成システムは、電子供与部分(D)、光受容部分(P)、電子受容部分(A)という3つの要素からなるトライアド分子に基づいている。シャトル分子(S)は系を横切って電荷を運ぶ。
enlarge imageReproduced in part, with permission, from Ref. 1 © (2009) American Institute of Physics
植物を模倣して太陽エネルギーを取り入れるシステムには、非常に大きな期待がかかっている。研究チームを率いるFranco Noriチームリーダー(TL)によると、地球表面に到達する太陽エネルギーの量は、人類が現在消費しているエネルギー量の約1万倍にもなるという。
緑色植物は、葉緑体内のチラコイドとよばれる構造物の膜内で、次のような一連の化学反応により太陽光をエネルギーに変換している。まず、光受容性のあるクロロフィル分子が光を吸収し、続いて正電荷と負電荷の対が作られる。これらの電荷が分離する結果、複数の反応が起こり、チラコイド膜の外側から内側へとプロトンが輸送されて濃度差ができる。この濃度勾配により貯蔵された電気化学エネルギーは、酵素によるADP分子からATP分子への変換を通して化学エネルギーに変換される。このATPのエネルギーが、細胞内におけるほとんどすべての生物学的過程の動力となる。
同様の反応に基づく人工光合成システムは、チラコイド膜に似た薄い膜の内部に3つの要素からなる分子(電子供与部分‐感光性部分‐電子受容部分からなるトライアド)が配置された構成になっている(図1)。
Nori TLらが検証した人工光合成過程は、薄膜の一方の側から他方の側へとプロトンを運ぶプロトンポンプとして機能する(図2)。これにより電位差が生じ、次の化学反応に利用される。このシステムでは、トライアドの中央の光受容部分が光を吸収し、両端の電子供与部分と電子受容部分に電荷を分離する。シャトル分子は、電子受容部分から負電荷を受け取るとともに、膜の外側からプロトンを受け取る。それから他端に移動していき、電子供与部分の正電荷を相殺するように、運んできた電子の受け渡しを行う。同様に、シャトル分子が運んできたプロトンは、膜の内側に貯蔵される。空になったシャトル分子は元の場所に戻っていき、一連の過程を再び始める。こうして、天然の光合成と同様に、プロトンが膜の一方の側から他方の側へと輸送されることになり、ADPからATPへの変換が可能となる。ただし、この人工構造体全体の変換効率は約4%であり、天然の光合成過程の半分しかない。
量子物理を生命体に持ち込む

Figure 2: プロトンポンプ。プロトンは、複数の段階を経て膜の外側(右)から内側(左)へと運ばれる。各段階は図の上から下へと順に進んでいく。まず、基底状態の光受容部分(P)が光を吸収し、これにより電子供与部分(D)に正電荷が、電子受容部分(A)に負電荷が分離する。次に、シャトル分子が電子(e-)とプロトン(H+)を受け取り、トライアド分子に沿って拡散し、電子供与部分に電子を運ぶ。そこで、電子が正電荷と再結合する。プロトンは、最終的に膜を横切って運ばれる。詳しい情報は、オンラインを参照のこと。
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システムをさらに最適化するためには、変換過程の理論モデルを開発することが重要である。そこで研究チームは、原子シミュレーションに頼る代わりに、個々の過程の速度論的挙動に関する新しい解析モデルを開発した。この方法を利用すれば、個々の反応をより深く理解することが可能となる。研究チームのPulak Ghosh研究員は、「我々は、マスター方程式系を導き、数値的に解くことで、この過程の速度論的挙動を記述したのです」と説明する。
理論モデルを現実の実験上の制約に適合させるため、研究チームは、光強度などの複数の事前定義変数を取り入れた。次に、残りの変数を最適化して、システムの変換効率が実験上の制約の範囲内で最適化された状態になるようにした。研究チームによると、これらの最適化された理論的結果は非常に正確であり、実験的観察を裏付けるものとなった。チームメンバーのAnatoly Smirnov研究員は、「我々のモデルは、プロトンポンプの量子効率を正確に予測できたのです」という。
異なる過程間の相互作用を観察し、結果を慎重に解析することによって、モデルの不備が明らかになる。研究チームが特に問題視しているのは、プロトンポンプ過程が太陽光の標準強度よりも低い光強度で飽和していて、入射光のすべてを取り入れられるわけではないことである。
性能の向上
このモデルは、性能の向上を目的とした新規の人工デバイスの研究にも利用することができる。例えばNori TLらは現在、プロトン分離という間接的な方法をとらずに、光エネルギーを直接電流に変換することができるシステムを研究している。Nori TLは、分子構造体に集光アンテナを付け足すことにより、太陽エネルギーの収集効率を高め、エネルギーを反応中心に直接導くことができるかもしれないとも考えている。
人工光合成システムの分野では数々の進展があるものの、自然から学ぶべきことは依然として多い。Nori TLも、「我々は、自然の生物系のプロトンポンプ機構の解析も進め、強力な高効率人工光誘起プロトンポンプの作製に応用したいと考えています」と語る。
こうした人工光合成システムの最適化により、生物系に引けを取らないくらいまで光変換効率を達成できるようになってきたことは注目に値する。しかしながら、大規模な工学的応用にトライアド分子を使用するという難題が、まだ残されている。それでも、人工光合成システムの基本過程の速度論的挙動に関する理論的研究から得られた今回の成果は、今後の生物学的過程の研究にとって、強力な基礎となるであろう。最終的には、自然固有のレシピに基づいて再生可能エネルギーを取り入れることを目的とした、非常に有効な設計図がもたらされるかもしれない。
- Ghosh, P. K., Smirnov, A. Y. & Nori, F. Modeling light-driven proton pumps in artificial photosynthetic reaction centers. Journal of Chemical Physics 131, 035102 (2009). article