他の分子を模倣して細胞内カルシウム放出を制御する分子
19 October 2006 (Volume 1 Issue 10)
細胞内情報伝達の調節機構を考察する手がかりとなるような、細胞内カルシウム放出のモデルが新たに提唱された

図1:IRBITは、IP3受容体(IP3R)上の結合部位をめぐってIP3と直接競合することで、その活性を調節する。IP3が閾値濃度に達すると、結合部位からIRBITを追い出してIP3Rに結合する。(Pはリン酸基で、リン酸化状態を示す(赤色の点で表示)。緑色の点はカルシウムイオン)
enlarge image細胞というシステムは、極めて精緻に調節されており、その発生や機能、死は、おびただしい数の細胞内の反応プロセスが、調和のとれた相互作用を繰り広げる中で決定されている。このシステムを維持するためには、細胞を構成するさまざまな要素の間で情報伝達が良好に保たれている必要がある。
細胞は、受容体とよばれる細胞膜上のアンテナで受信した情報を適切な標的へと伝えることで、内外からのシグナルに応答している。ここで利用されるのが、各種のシグナル伝達分子である。
カルシウムは、おそらく最も豊富に存在するシグナル伝達分子であり、カルシウムを選択的に透過させるカルシウムチャネルを介して細胞内に取り込まれたり、細胞内の貯蔵庫から放出されたりする。
理研脳科学総合研究センター(和光)の神経生物学者である御子柴克彦グループディレクターと、東京大学およびJST(科学技術振興機構)の共同研究チームは、細胞内カルシウムチャネルの一種であるイノシトール三リン酸受容体(IP3R)の活性調節機構に関するモデルを提案し、『Molecular Cell』誌に発表した1。
研究チームは、マウス、サル、ヒトの細胞を用いて、IP3Rからのカルシウム放出の引き金となるイノシトール三リン酸(IP3)の活性が、IP3Rに結合するIRBIT(アービット)というタンパク質によって調節されるしくみを突きとめた2。彼らは、IRBITがIP3Rに結合する仕組みを分子レベルで詳細に調べ、IRBITがIP3Rと結合する部位の構造およびリン酸化の状態が、IP3と結合する場合とよく似ていることを明らかにした。つまり、IRBITはIP3のふりをしてIP3R に結合することで、IP3がIP3Rに結合するのを妨害しているのである(図1)。
IRBITはIP3Rに結合してもカルシウム放出を引き起こすことはないため、研究チームは、「基本的には、IP3Rへの結合をめぐるIRBITとIP3との直接的な競合が、細胞内カルシウム放出に必要とされるIP3の閾値濃度を決定している。つまり、IRBITは、IP3濃度に依存したカルシウム濃度の周期的変動(カルシウム振動)を調節し、ひいては遺伝子発現や酵素活性を調節している」と推測している。
研究チームは、過去の研究でIRBITがIP3Rと相互作用することは確認していたが、その詳細な機構は解明しておらず、調節モデルも提案していなかった2。「細胞内の情報伝達は、単純そうにみえて実は極めて精緻な分子機構によって調節されています。今回の研究は、細胞がこうした複雑な機構を進化させてきた過程に、新たな光を投じるものであると言えます」と御子柴グループディレクターは指摘している。
提案されたモデルの有効性は、IRBITが結合した状態のIP3Rの結晶構造解析によって最終的に確認する必要がある。また、IRBITとIP3Rの相互作用の生理学的な重要性を明らかにするためには、さらなる研究が必要である。
- Ando, H., Mizutani, A., Kiefer, H., Tsuzurugi, D., Michikawa, T., & Mikoshiba K. IRBIT suppresses IP3 receptor activity by competing with IP3 for the common binding site on the IP3 receptor. Mol. Cell 22, 795–806 (2006). |article|
- Ando, H., Mizutani, A., Matsu-ura, T., & Mikoshiba, K. IRBIT, a novel inositol 1,4,5-trisphosphate (IP3) receptor-binding protein, is released from the IP3 receptor upon IP3 binding to the receptor. J. Biol. Chem. 278, 10602–10612 (2003). |article|