フラストレーションの解消
05 October 2007 (Volume 2 Issue 10)
「フラストレーション」のある磁性酸化物の結晶構造は、その磁気構造と密接に関係していることが明らかになった

図1:HgCr2O4のフラストレーションの解消。(a)磁場が弱いときには、この物質は反強磁性を示す。一部の原子間の距離(実線)を、結晶構造が対称でゆがんでいない場合の距離(点線)よりも短くすることで、磁気的相互作用を不均一にし、磁気モーメントを整列させている。(b)(c)磁場が強くなると、磁気モーメントは外部磁場方向に整列していき、結晶構造のゆがみは無くなる。
enlarge image理研播磨研究所放射光科学総合研究センター、日本原子力研究開発機構、東京大学、バージニア大学の研究者たちは、酸化物磁性体HgCr2O4が磁場中で示す結晶構造の変化がその磁気的状態にどのように関係しているかを解明した。
HgCr2O4の結晶においては、磁性原子が四面体を作って並んでいる(図1)。通常の磁性体において、磁性原子間の相互作用が反強磁性であるときは、全体の磁気モーメントはゼロになると考えられる。つまり、上向きの磁気モーメントの数と下向きの磁気モーメントの数が同じ状態で整列するはずなのだ。しかし、四面体という幾何学的配置では、全ての磁気的相互作用を満足させる配置を取ることは出来ず、磁気モーメントはフラフラした状態になる。これを「幾何学的フラストレーション」のある磁性という。
フラストレーションを解消するため、系は結晶格子をゆがめることで、相互作用を不均一にする。その結果、磁気モーメントが上下方向に整列出来るようになる(図1a)。外部磁場を強くしていくと、磁気モーメントが整列しなおし、フラストレーションが部分的に解消されるため、結晶格子のゆがみは解消されていく(図1b)。十分強い磁場中では、すべての磁気モーメントの向きが揃えられ、結晶構造は歪みのないものとなる(図1c)。
研究チームは、この酸化物磁性体に磁場をかけながらそのふるまいを調べ、その結果を『Nature Physics』誌に報告した1。彼らは、外部磁場を強めていくと試料の磁化がゼロではなくなり、磁気モーメントが外部磁場に沿って整列するようになることを確かめた。この現象は、試料の磁化がある磁場の値で突然有限となり、その後その値を保持すること(磁化プラトー)から明らかである。
他の類似物質とは異なり、HgCr2O4は実験室で発生できる程度の磁場でこうした変化を起こすため、この種の研究に特に適している。理研チームの勝又紘一客員主管研究員は、「この物質が広い磁場範囲にわたって示す磁化プラトーは、これまでに観察されたことのないものであり、幾何学的フラストレーションの明確な証拠なのです」と説明する。
さらに重要なことは、この磁性体の磁場中における結晶構造の変化を、SPring-8を使って調べた結果、反強磁性状態から磁化プラトー状態へとジャンプするときに結晶構造のゆがみが小さくなることを発見した点にある(図1)。勝又研究員は、今回の研究により「幾何学的フラストレーションのある磁性体について、その興味深い性質の起源の一部を明らかにすることができました」と話している。特筆すべきは、今回の結果が、フラストレーションのある磁性体における磁性と結晶構造の相関を記述する理論モデルの検証と改良を可能にする点であり、この結果はHgCr2O4だけでなくこれに関連した系においても適応できる点である、と同研究員は述べている。
- Matsuda, M., Ueda, H., Kikkawa, A., Tanaka, Y., Katsumata, K., Narumi, Y., Inami, T., Ueda, Y. & Lee, S.-H. Spin-lattice instability to a fractional magnetization state in the spinel HgCr2O4. Nature Physics 3, 397–400 (2007). | article |