ゆっくりした反陽子で原子反応を診る
13 February 2009 (Volume 4 Issue 2)
超低速の反陽子ビームを用いて原子衝突反応の理論をテストする

図1:実験装置。超伝導ソレノイド(左下の青色のもの)の中に、反陽子を捕獲して冷却するマルチリングトラップがある。ビームライン(右下)は、超低速反陽子ビームを衝突チェンバー(写真には写っていない)に送る。
enlarge image最も単純な原子である水素原子のふるまいは、量子力学のおかげで容易に説明できるようになった。しかし、大きな原子では、電子どうしの相互作用があるため、そのふるまいの説明は随分複雑になる。特に、衝突時の原子反応の動力学を予測することはむずかしい。このほど、理研の研究者を含むチームは、低速の反陽子ビームを使った衝突実験により、この問題について新たな知見を得ることに成功した1。
研究チームは、スイスの欧州原子核共同研究機関(CERN)にある加速器施設で実験を行っている。今回の実験では、ヘリウム原子に低速の反陽子を衝突させた。この実験を超低速の反陽子ビームで行うことには、特別の意味がある。なぜなら、現在の原子反応の理論では、低エネルギーの衝突を正確に記述できていない可能性があるからである。
理研の山崎泰規主任研究員は、「負電荷をもった唯一の重粒子である反陽子によるイオン化は、それ自身、たいへん興味深い特異な現象です。そのうえ、ヘリウムは衝突の動力学を研究するのに、最も重要な標的の1つです。なぜなら、ヘリウムは2個の電子をもち、電子どうしの間に強い相関があるからです」と説明する。
CERNでの実験では、反陽子は原子核反応によって作り出され、数十億電子ボルトという非常に高いエネルギーをもっている。この反陽子は反陽子減速器に集められ、冷却され、減速され、数百万電子ボルトまで下げられる。
研究チームは、新たに高周波四重極減速器とマルチリングトラップを製作し(図1)、反陽子のエネルギーを1電子ボルトの数分の1にまで下げた後、これを3000~2万5000電子ボルトまで再加速した。減速された時の速さは秒速6000メートル程度で、粒子加速器の世界では極めて遅い部類に属する。
次に研究チームは、低速反陽子ビームをヘリウムとアルゴンのジェットに当てて、生成されたイオンの個数を計測した。「実験結果は、低エネルギー反応の新しい理論モデルが妥当であることを示していました」と山崎主任研究員は語る。「以前の実験データは、もっともらしいと思えるどの理論とも一致しませんでした。このため、我々は、何らかの重要な効果を含めるのを忘れているのではないかとさかんに議論してきました。今回のデータから、低速反陽子とヘリウム原子の衝突の動力学に関する我々の理解が、満足のいくレベルであることを示しているようにみえます。これは朗報です」。
研究チームは、より高度な装置を開発して、反陽子のエネルギーをさらに下げ、衝突により生成したイオンだけでなく、反陽子が入り込むことによって原子から「たたき出された」電子も測定しようと計画している。低いエネルギーでは、反陽子は標的原子の軌道に捕獲され、反陽子原子とよばれる興味深い「分子」を作る可能性がある。その実験データは、反陽子をがん治療に応用する研究にも役立つかもしれない。
- Knudsen, H., Kristiansen, H.-P.E., Thomsen, H.D., Uggerhøj, U.I., Ichioka, T., Møller, S.P., Hunniford, C.A., McCullough, R.W., Charlton, M., Kuroda, Y., et al. Ionization of helium and argon by very slow antiproton impact. Physical Review Letters 101, 043201 (2008). | article |
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