Research Highlights : Biology

逆境に負けないための遺伝子

03 April 2009 (Volume 4 Issue 4)

極限環境に生息する細菌が生命の危機を回避するためのマスタースイッチ

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図1:静岡県伊豆半島の河津にある峰温泉。ここで高度好熱菌Thermus thermophilus HB8株が発見された。

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日本の温泉で発見された細菌が逆境を生き抜くメカニズムの一端について、分子レベルで明らかにされた。興味深いことに、この生き残りのメカニズムに関係する遺伝子のおよそ半数はヒトの遺伝子とよく似ていた。

現在、高度好熱菌Thermus thermophilus HB8株という、最高85℃もの高温環境でも生育できる細菌(図1)をモデル生物として用い、1つの細胞におけるあらゆる生命現象をシステム全体として解明する研究プロジェクトが、大型放射光施設SPring-8内にある理研播磨研究所(放射光科学総合研究センター;兵庫県佐用郡)で行われている。T. thermophilus HB8株が研究対象に選ばれた理由の1つは、遺伝子数が、モデル生物として長年研究されてきた大腸菌(Escherichia coli)のおよそ半分にあたる2200個程度と少ない、初期の生命体に近いとされる比較的単純な生物だからである。この研究プロジェクトを推進している3つの研究チームのうちの1つが、新海暁男チームリーダー(TL)をはじめとするチームで、新海(TL)らは、特に、DNAがタンパク質に翻訳されるまでの過程にある転写の調節メカニズムに注目している。

生物は、生き残るために環境の変化に応答する必要がある。例えば栄養分が枯渇している場合には、細菌の代謝活性は、増殖や複製機構が機能している状態から適応や生き残りのための応答システムが機能する状態へと切り替わる。この切り替え時には、しばしば、転写因子とよばれているタンパク質の働きにより、ある遺伝子群の働きが低下し、別の遺伝子群の働きが上昇する。細菌では、このような働きをするタンパク質に、cAMP受容体タンパク質/フマル酸・硝酸還元調節因子(CRP/FNR)ファミリーとよばれる一群があり、T. thermophilus HB8株はこのファミリーのタンパク質を4種類もっている。

研究チームは、これらの4種類のうち、定常期特異的調節タンパク質(SdrP)とよばれるタンパク質について詳しく調べた。この名前は、T. thermophilus HB8株が細菌増殖の定常期に入って栄養が枯渇したときにこのタンパク質の量が増大するという現象に由来する。研究チームは、最近、この研究成果を『Molecular Microbiology』誌に報告した1

それによると、sdrP遺伝子を破壊してもT. thermophilus HB8株は死滅しなかったので、この遺伝子は生育に必須ではないことがわかった。しかし、sdrP破壊株は増殖速度が遅く、ある種の化学ストレスに対する感受性が高まっていた。さらに、sdrP破壊株では8つのプロモーターの活性が低下しており、SdrPが、これらのプロモーターで制御されている遺伝子群の働きを促進していることが明らかとなった。研究チームは、これらの遺伝子の産物であるタンパク質のアミノ酸配列や立体構造から、これらのタンパク質が、栄養やエネルギーの補給や、DNAを傷つける活性酸素の除去などを行い、細菌が生存の危機に備える活動に関与しているのではないかと考えている。

研究チームは引き続き、T. thermophilus HB8株の転写調節メカニズムの全貌を解明するために研究を進めている。「この研究が、ヒトの細胞で起こっているような、さらに複雑な生命現象を解明するのに役立ってくれればうれしいですね」と、新海(TL)は語っている。

  1. Agari, Y., Kashihara, A., Yokoyama, S., Kuramitsu, S. & Shinkai, A. Global gene expression mediated by Thermus thermophilus SdrP, a CPR/FNR family transcriptional regulator. Molecular Microbiology 70, 60–75 (2008). | article |