研究のカギを握るミッシング・ピース
24 April 2009 (Volume 4 Issue 4)
いまだ解明されない2つの酵素の生体内反応に関して新しい経路が提唱された
40年以上も前から知られ、生体にとって極めて重要な上に化学的に珍しい2つの酵素の活性を説明しうる新しい理論が、国内の研究者により提案された。
インドールアミン2,3-ジオキシゲナーゼ(IDO)とトリプトファン2,3-ジオキシゲナーゼ(TDO)は、ともにジオキシゲナーゼ類として知られる酵素であり、L-トリプトファンという必須アミノ酸の分解にかかわっている。どちらの酵素もヘム(金属を含む環状有機分子)を含み、分子状酸素はこのヘムに結合した後、L-トリプトファンへと移動する。この酸化反応は、哺乳類の細胞中でみられ、生体内でビタミン類を作り出すためにも重要な反応であるが、その機構についてはほとんどわかっていない。
このほど、理化学研究所放射光科学総合研究センター(兵庫県佐用郡)の杉本宏研究員らの研究グループは、京都大学福井謙一記念研究センターの諸熊奎治リサーチリーダー、Lung Wa Chung研究員らと共同で、これらの酵素の作用機序を説明するため、その構造から推定される反応経路のモデルを構築した1。
杉本研究員はこれまでの研究で、活性阻害剤と結合したIDO(図1)2の結晶構造を明らかにしている。これをほかのヘムタンパク質と比較したところ、ジオキシゲナーゼ類の活性部位はほかのヘム系とは異なる構造上の特徴が見いだされた。このことから、研究チームは、ジオキシゲナーゼ反応の反応経路はほかのヘムタンパク質とは異なっていると結論づけた。
研究チームはまず、精密なモデル化技法である密度汎関数理論を用いて計算を行い、出発化合物、生成物、反応中間体および遷移状態の推定エネルギーを見積もった。そしてこれらのデータを比較して、どの反応経路がエネルギー的に最も有利であるか、すなわち、どの反応経路が実際に生体内で用いられている可能性が最も高いかを考察した。
その結果、これまで提案されていた経路では遷移状態が大きく歪んでおり、エネルギー障壁が極めて高くなるため、実際にこの経路の反応が起きているとは考えにくいことが判明した。そこで、研究チームは、他のヘム含有オキシゲナーゼの機構とは大きく異なる、新たな経路を提唱した。この新しい反応経路はエネルギー的により有利で、この珍しいIDOとTDOによる酸素2原子の活性化と酸化の反応を説明できる。
提唱された理論によると、酵素に結合した酸素は、2電子(求電子)あるいは1電子(ラジカル)移動経路を経て、トリプトファン上の電子が豊富なインドール炭素と直接反応する。いずれの反応もエネルギーの低い中間体を形成するため、実際に反応が起こる可能性はずっと高くなる。研究チームは現在、酸素が厳密にどのような電子状態でヘムに結合し、酵素がこの機構にどのように作用しているのかを調べている。
「(この研究から)今後、合理的な薬物設計のための情報も得られるかもしれません。というのもIDOは、がんや慢性のウイルス感染症など、免疫機能の低下によって生じる疾患において重要な治療標的となってきているからです」と杉本研究員は語っている。
- Chung, L.W., Li, X., Sugimoto, H., Shiro, Y. & Morokuma, K. Density Functional Theory Study on a Missing Piece in Understanding of Heme Chemistry: The Reaction Mechanism for Indoleamine 2,3-Dioxygenase and Tryptophan. Journal of the American Chemical Society 130, 12299–12309 (2008). | article |
- Sugimoto, H., Oda, S., Otsuki, T., Hino, T., Yoshida, T. & Shiro, Y. Crystal structure of human indoleamine 2,3-dioxygenase: catalytic mechanism of O2 incorporation by a heme-containing dioxygenase. Proceedings of the National Academy of Sciences USA 103, 2611–2616 (2006).
本ハイライトの原著論文の著者等については、理研放射光科学総合研究センター・城生体金属科学研究室までお問い合わせください。
