フラストレーションを解消する
24 April 2009 (Volume 4 Issue 4)
原子間の結合強度が突然変化すると、構造の対称性が変化する

図1:Mo3Sb7結晶構造内のMo原子の八面体配置。八面体の頂点にある強く結合したMo原子は、構造全体にわたってダンベル型の対(赤い線)を形成する。
enlarge image© 2008 The American Physical Societyの(参考文献1)の許可を得て複製。
誰しも、望ましい結果が得られないフラストレーションは解消したい。同じことが、材料や、材料中のスピンとよばれる原子磁石の配列にも当てはまるようである。このほど、理研仁科加速器研究センター(埼玉県和光市)、兵庫大学および京都大学の共同研究チームが、金属化合物Mo3Sb7における原子スピンの配列と原子相互作用に、興味深い関係を見いだした。
Mo3Sb7結晶中のモリブデン(Mo)原子は八面体をつくっている。珍しいことに、この八面体の頂点にあるMo原子どうしの原子結合は、面内のMo原子どうしの結合よりも強い。そのため、3つの主要結晶方向にダンベル型のMo対が形成される(図1)。「このダンベルとほかのMo原子の異常な配列のために、この材料の特性はとてもユニークなものになっています。これには非常に興味をそそられます」と、理研の渡邊功雄専任研究員は語る。
特に興味深いのは、50K(-223.15℃)未満の温度で突然、構造変化が起こることである。今回研究チームは、いくつかの実験によりMo原子の磁気的および電気的特性を調べ、この相転移の起源を明らかにした1。その測定結果により、相転移の際に結晶中の対称性が変化することが明確に裏づけられた。
結晶中の対称性変化は、Mo原子のスピンによって誘発される。研究チームは、Mo原子間の相互作用に異常な競合が生じていることを見いだした。相転移の際、八面体内のMo原子間の相互作用の強さは、ダンベルを形成するMo原子間の結合の強さと同等になる。すると、Mo原子スピンは、ダンベル内だけでなく結晶全体にわたって上下の向きを整列させようとする。しかし、三次元結晶構造の特性のため、結晶全体にわたって上下の向きを周期的に整列させることは不可能である。その結果、フラストレーションが生じるのである。
このフラストレーションを解消するため、Mo原子の八面体は一方向に伸びて結晶対称性を破る。するとようやく、Mo原子がつくるダンベルは、結晶全体にわたって周期的に整列できるようになる。この配列は「原子価結合結晶」とよばれている。
このように、Mo3Sb7中のMo原子間の原子結合の異常な競合により、結晶学的・電子的・磁気的特性に関して劇的な結果が生じるのである。「我々は、今回初めて、このような機構を見つけることができました。この研究から、同じように複雑な系を研究する新しい分野が広がっていくことを期待しています」と渡邊専任研究員らは語っている。
- Koyama, T., Yamashita, H., Takahashi, Y, Kohara, T., Watanabe, I., Tabata, Y. & Nakamura, H. Frustration-induced valence bond crystal and its melting in Mo3Sb7. Physical Review Letters 101, 126404 (2008). | article |