Research Highlights : Biology

代謝経路を標識する

05 June 2009 (Volume 4 Issue 6)

核磁気共鳴(NMR)法を応用して、代謝に関与する分子を同定する手法が開発された。個人の健康状態の差などを、まるで“指紋”のようにとらえることが可能になるかもしれない

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図1:カイコの4齢幼虫。NMRを用いた手法により、カイコの生存にかかわる代謝経路を表示できた。この手法は、まもなくヒトにも応用されるだろう。

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近年のDNA塩基配列決定法の進歩により、個人の遺伝子型の全容を解明することは比較的容易になった。しかし、遺伝子型の解明と同じくらい重要なのは、こうした遺伝子を機能と結びつけるということである。そのためには、ひとりひとりの生命維持に関与するすべての代謝過程を、まるで指紋のようにまとめた「代謝表現型」の構築が役に立つだろう。

このほど、理研植物科学研究センター(神奈川県横浜市)の菊地淳ユニットリーダー(UL)らは、横浜市立大学、名古屋大学の研究者と共同で、植物と動物の代謝経路の特徴を系統的に解明する手法を開発し、『PLoS ONE』に発表した1。これは、試料の核磁気共鳴(NMR)測定を行い、その結果を代謝に関連する分子(代謝産物)の膨大なデータベースと比較し、それを元に代謝のパターンを可視化するという手法である。

NMRでは磁場に対する原子や分子の応答を検出するが、通常の炭素原子(炭素12)は磁場に応答しないため、安定同位体の炭素13を使って化合物を標識する必要がある。研究チームは、通常の炭素原子を炭素13原子で置き換えたブドウ糖やアミノ酸を、シロイヌナズナとカイコ(図1)に与えた。その結果、これらの化合物が取り込まれた細胞から産生された代謝産物のほとんどすべてで、炭素13が検出された。炭素13は、自身が含まれる分子の構造によって磁気応答がわずかに異なる。このため、それぞれの代謝産物からは、固有のNMRスペクトルが観測される。

研究チームはまず、さまざまな試料についてNMRスペクトルを観測し、既知の代謝産物のNMRスペクトルのデータベースと比較し、その結果、カイコでは57種、シロイヌナズナでは61種の代謝産物候補を同定した。

次に、主成分分析という手法を用いて、カイコの代謝産物の間の相関性を調べた。すると、ある特徴について研究開始から6日間までは代謝経路はランダムなパターンを示し、その後、相関性がみられるようになった。この相関性は、カイコの成長における重要な段階と関連する代謝経路を表しており、特筆すべきことに、カイコの成長とともに、より組織化して関連する代謝経路が示されたことが示唆された。

今回の研究では、代謝経路全体のパターンを初めて「トップダウン」式に解析することができた。この手法では、特定の反応を原子レベルというミクロ的な視点から代謝経路を構築するのではなく、よりマクロな表現型から、さまざまな細胞や体液、組織における代謝経路全体像をとらえることができる。

さらに、この手法の利点は、比較的迅速に実施できることである。論文の筆頭著者である近山英輔技師は、「NMR測定にかかる時間は、通常1時間程度です。その後、代謝経路の計算が半日程度で終わります」と説明する。

「我々の手法は、十分なNMR試料さえあれば、どのような生物でも調べることができるのです」と近山技師は語る。この手法が、他の植物や動物、さらにはヒトにまで適用されれば、農業や化学工業、医薬・食品産業など、多くの産業に貢献できると期待される。

本ハイライトの原著論文の著者情報などについては、理研植物科学研究センターメタボローム基盤研究グループ先端NMRメタボミクスユニットまでお問い合わせください。

  1. Chikayama, E., Suto, M., Nishihara, T., Shinozaki, K., Hirayama, T. & Kikuchi J. Systematic NMR analysis of stable isotope labeled metabolite mixtures in plant and animal systems: Coarse grained views of metabolic pathways. PLoS ONE 3(11), e3805 (2008). | article |