Research Highlights :

甲虫の不凍物質を作る

11 May 2012

アラスカに生息する甲虫が厳しい寒さから身を守るために利用している、風変わりな天然不凍物質の新たな作用機構を解き明かす


図1: 甲虫の不凍化合物キシロマンナンのCG画像。一方の面に酸素原子(赤)が密に存在して極性を持つ面を形成していることがわかる。キシロマンナンはこの面を利用して氷の結晶に付着していると考えられる。

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© 2011 伊藤幸成

動物や植物は、極限環境で生きていくため、ありとあらゆる巧妙な働きをする化学物質を生み出してきた。なかでも、南極や北極に生息する生物種にとって氷点下で生きられる能力は必要不可欠であり、こうした生物がもつ天然の不凍物質は既に数多く単離されている。その1つが、理研基幹研究所(埼玉県和光市)の石渡明弘専任研究員および伊藤幸成主任研究員のチームが現在研究を進めている、アラスカに生息する凍結耐性をもつ甲虫Upis ceramboidesが作り出す不凍化合物、キシロマンナンだ。これまでの研究で、キシロマンナンは非常に珍しい不凍化合物であることがわかっている

2009年に初めて報告されたキシロマンナンは、これまで発見されている昆虫の不凍化合物の中で、最も活性が高い。不凍化合物は熱的ヒステリシス因子(THF)とも呼ばれ、昆虫の体温が下がって体内で氷の結晶が形成され始めるときに、細胞の損傷を防ぐ働きをする。THFは、形成され始めた氷晶の表面に付着し、何らかの方法で氷晶の成長を止めることで、氷晶が針のように近隣の細胞膜に穴をあけるのを防ぐと考えられている。

キシロマンナンの変わっている点はその成分にある。これまでに単離された天然のTHFのすべてがタンパク質をベースとする化合物であるのに対し、キシロマンナンは、グリカンという長い鎖状の糖をベースにする化合物なのだ。「キシロマンナンは、タンパク質成分をほとんど、あるいはまったくもたないTHF生体分子の最初の例です。その作用機構は、まだ完全には明らかになっていませんが、不凍タンパク質や不凍糖タンパク質などの一般的なTHFとは異なるはずです」と、石渡専任研究員は説明する。

キシロマンナンと氷晶との相互作用についての研究を始めるには、まずその構造を確認する必要がある。しかしながら、キシロマンナンの構造は、提案はされているものの、まだ確認はされていない。そのため、研究チームは今回、キシロマンナンの糖ベースの主鎖の重要成分と考えられる化合物を合成して分析を行った。すると、核磁気共鳴や分子モデリングを用いた構造解析の結果、彼らが合成した化合物の構造は天然化合物の構造と一致することが確認できた。この構造分析からはさらに、キシロマンナンが氷晶に付着する方法のヒントとなる知見も得られた。キシロマンナンの一方の面が他方の面に比べて大幅に高い極性を持ち、それぞれ親水面と疎水面になっていることがわかったのだ(図1)。

「我々が提案するのは、キシロマンナンの親水相が氷晶に結合することで、疎水相が氷晶表面に露出するという機構です」と、石渡専任研究員は語る。露出した疎水面が、氷晶から水分子を遠ざけて氷晶の成長を阻止するのである。しかしながら、今回の構造分析からは、まだその結合様式は明らかになっていない。この理論をさらに検証するため、研究チームは今後、今回よりも長いキシロマンナン断片を合成して、その氷結合能を調べるつもりだ。

本ハイライトの原著論文の著者情報などについては、基幹研究所伊藤細胞制御化学研究室までお問い合わせください。

  1. Ishiwata, A., Sakurai, A., Nishimiya, Y., Tsuda, S. & Ito, Y. Synthetic study and structural analysis of the antifreeze agent xylomannan from Upis ceramboides. Journal of the American Chemical Society 133, 19524–19535 (2011). article
  2. Walters, K.R. Jr., Serianni, A.S., Sformo, T., Barnes, B.M., Duman, J.G. A nonprotein thermal hysteresis-producing xylomannan antifreeze in the freeze-tolerant Alaskan beetle Upis ceramboides. Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA 106, 20210–20215 (2009) article