ミスマッチ修復タンパク質の機能制御部位
15 June 2012
がん発症リスクが高まるリンチ症候群の患者に生じた変異は、DNAミスマッチ修復タンパク質の機能異常をもたらす

図1: ミスマッチのあるDNA二重らせん(左)と、機能的な2分子結合状態のMutLタンパク質(右)。MutLにATPが結合すると、領域間相互作用を担う部分(緑で示す)の周辺に立体構造の変化が引き起こされ、MutLの活性が制御される。
enlarge image© 2012 飯野 均
細胞分裂の際には、DNAがまれに複製エラーを起こし、DNAの相補的二本鎖に相補的でない誤った塩基の組み合わせ(ミスマッチ)が生じることがある。しかしながら、細胞にはさまざまなDNA校正・修復機構が備わっており、ゲノム内にミスマッチが見つかった場合は、各種の修復タンパク質が稼働して誤ったヌクレオチドを取り除き、正しいヌクレオチドで補填する。このようなミスマッチ修復タンパク質の1つに、MutLと呼ばれるエンドヌクレアーゼがある。真正細菌のMutLは、生体のエネルギー通貨であるATPを利用して新生DNA鎖のミスマッチを含む部分に切れ目(ニック)を入れるが、このDNA切断酵素がATPによって制御される生化学的な機構は、これまで明らかになっていなかった。
このたび、理研播磨研究所 放射光科学総合研究センター(兵庫県佐用町)放射光システム生物学研究グループの福井健二研究員を中心とする研究チームは、ATPがMutLに物理的に結合することで、この酵素のDNA切断を担う触媒部位の構造変化を引き起こすことを明らかにした1。
研究チームは、ATPがどのようにMutLの機能に影響を及ぼすかを詳細に検討するため、超好熱性細菌アクイフェックス(Aquifex aeolicus)の壊れにくく安定したMutLを用いて一連の構造解析を行った(図1)。すると、タンパク質の立体構造変化を観察するために考案された、重水素交換法と質量分析法を組み合わせた手法による解析の結果、ATPがまず最初にMutLタンパク質の一方の端に結合することが判明した。ATPが結合すると、一連の物理的相互作用を経て、MutLの触媒部位がある他方の端に構造変化が引き起こされ、MutLの酵素機能つまりDNA切断活性が発揮される。
今回の研究で重要なのは、さまざまな生物種のMutLで高度に保存されている領域が2か所見つかった点で、1つはATP結合領域に、もう1つはDNA切断活性に必須の触媒領域に存在している。「これには驚きました。新しく特定した触媒領域は、これまでエンドヌクレアーゼ活性にかかわるとは考えられていなかった領域でしたから
と、福井研究員は語る。
ヒトのMutL相同タンパク質では、この触媒領域に生じた変異がリンチ症候群の原因となることが知られている。リンチ症候群はがん発症リスクが高い遺伝性疾患で、DNAミスマッチ修復機構の機能不全を特徴とする。研究チームが、触媒領域に変異があるMutLを作製して機能を調べたところ、リンチ症候群の知見と一致するようにエンドヌクレアーゼ活性が低下していた。今回の研究成果は、リンチ症候群患者に見られるDNA修復異常を分子レベルで説明しうるものだ。「MutLのエンドヌクレアーゼ活性の機能異常が、リンチ症候群の主な原因の1つだと言えるでしょう
と、福井研究員は指摘する。
しかし、正常型MutLと変異型MutLの両方で、ATPに依存した構造変化を完全にとらえるには、さらに詳細な構造解析を行う必要がある。そのため、福井研究員は現在、X線結晶構造解析をはじめとするほかの方法でMutLの構造を詳しく調べている。「細菌アクイフェックスのMutLの生化学的特性が十分に解析された暁には、ヒトのMutL相同タンパク質に関する細胞生物学研究も飛躍的に進むことでしょう」と、福井研究員は展望を語っている。
本ハイライトの原著論文の著者情報などについては、理研播磨研究所 放射光科学総合研究センター システム生物学統合研究チームまでお問い合わせください。
- Yamamoto, T., Iino, H., Kim, K., Kuramitsu, S. & Fukui, K. Evidence for ATP-dependent structural rearrangement of nuclease catalytic site in DNA mismatch repair endonuclease MutL. Journal of Biological Chemistry 286, 42337–42348 (2011). article