電子の数で色素をコントロール
27 July 2012
特殊な光学特性をもつ色素を生み出す新たな化学的手法が発見され、工業・医療分野で計り知れない重要性を発揮するものと期待される

図1: 共役色素のヘミポルフィラジン(下の構造)にヒドロキシル基(OH)を加えることにより、芳香族性のある状態(左)とない状態(右)の間の酸化還元スイッチング反応が可能になる。これは、近赤外光の「オンデマンド」吸収に向けての土台となるだろう。
enlarge image© 2012 基幹研究所 村中厚哉
クロロフィル(葉緑素)や赤血球のヘム色素といった天然色素には、ポルフィリンという色鮮やかな分子が含まれている。これらの物質がすばらしい視覚特性を示すのは、いくつかの小さな環が結合して高度に共役し、芳香族性をもつ「大環状」骨格を形成しているからだ。しかしながら、これまでは、合成されたポルフィリン誘導体では、この芳香族性と、それに伴う光学的な特性が消失していることが時々あった。
このたび、理研基幹研究所(埼玉県和光市)の内山真伸チームリーダーと村中厚哉副チームリーダー率いる研究チームは、画期的な芳香族性大環状化合物を操作する新しい方法を発見した1。ヘミポルフィラジンというポルフィリン型分子の電子数を変えることにより、この化合物の芳香族性を切り替えられることを見いだしたのである。これにより、近赤外領域での光吸収を調節可能な色素を作り出すことができる。この波長領域の光は、有機太陽電池や癌の光線力学療法などにとって、きわめて重要だ。
共役分子は、π電子とよばれる電子の数が4n+2(nは整数)のときに芳香族性を示すことが知られている。例えば、18個のπ電子をもつポルフィリン環は安定で、これらの電子を芳香族的に共有しており、光に応答する。ところが、20個のπ電子をもつポルフィリンでは、2個の電子を簡単に手放してより有利な芳香族性をもつ状態へと戻ってしまうのだ。
その点、ヘミポルフィラジンは類い希な大環状化合物と言える。炭素と窒素の二重結合の組み合わせが独特で、20個のπ電子を持つのに、非芳香族性で、熱的に安定なのだ。これらのポルフィリン類似体は、優れた材料特性が期待できるにもかかわらず、非芳香族性のために、これまで有用性が限られていた。「ヘミポルフィラジンを18π電子系にするのは、理論的には簡単そうに見えますが、この実験を成功させた人はこれまでいませんでした」と、村中副TLは語る。
研究チームは今回、ヘミポルフィラジンに4個のヒドロキシル(OH)基を入れ、酸化還元反応(図1)を促進することによって、この問題を解決した。この化合物を強い酸化剤と混合すると、2個のヒドロキシル基は電子を1個ずつ失って二重結合の酸素に変わり、ヘミポルフィラジンは芳香族性を有する18π電子系へと変化する。そしてその結果、色素は、当初はなかった強い近赤外光吸収ピークを示すようになる。
このヘミポルフィラジンはさらに、還元剤と混合することにより、20π電子系へと戻すことが可能だ。このような可逆的システムは、オンデマンドのオプトエレクトロニクス材料の開発者たちの関心を集めるに違いない。村中副TLによると、次なるステップは22π電子系のヘミポルフィラジンを作ることだという。量子計算によれば、この新規芳香族化合物は、20π電子系と同等またはそれ以上に強い近赤外吸収バンドをもつと予測されている。
本ハイライトの原著論文の著者情報などについては、基幹研究所先進機能元素化学研究チームまでお問い合わせください。
- Muranaka, A., Ohira, S., Hashizume, D., Koshino, H., Kyotani, F., Hirayama, M. & Uchiyama, M. [18]/[20]π hemiporphyrazine: a redox switchable near-infrared dye. Journal of the American Chemical Society 134, 190–193 (2012). article